コ・イノキュレーションは、ワイン酵母によるワイン発酵と同時、あるいは速やかに乳酸菌などの細菌を添加しマロラクティック発酵(以後MLF)を行う方法であり、この技術はワイン醸造家にとって明確な利点があるため、注目が高まっています。今回はワイン用酵母や微生物由来原料の開発・販売しているカナダのLallemand社のパンフレットを参考にコ・イノキュレーションを解説します。商業的な内容になっていますので、その点ご理解の上お読みください。
Figure1の通り、コ・イノキュレーションは、乳酸菌などの細菌が増殖しやすい低アルコール濃度、および栄養素を提供できる早期のタイミング(24-48時間)での添加を行うことによってスタートします。ワイン酵母の増殖によって、乳酸菌を始めとする細菌の活性は、アルコール発酵の間は抑制されていますが、アルコール濃度の上昇に順応していきます。通常の細菌は、エタノールおよび酵母由来の毒性化合物の産生によって死滅してしまうことが多いですが、乳酸菌は低pHおよび高アルコールに順応できます。この特性によってコ・イノキュレーションという方法が生み出されました。コ・イノキュレーションは、アルコール発酵後早期のタイミング(24-48時間)に行うことが重要で、発酵している酵母と競合するタイミングでの添加は避ける必要があります。
コ・イノキュレーションの明確な利点の第1は、果醪(マスト)には細菌が必要とするすべての栄養素が含まれているため、余分な栄養素を加える必要がありません。第2は、コ・イノキュレーションによるMLFはより早く始まりより早く終了します。これにより亜硫酸(SO2)の添加を早めることができ、微生物汚染の可能性を低減します。
Figure2のグラフは、異なる品種(メルロ、ガメイ、カベルネ・フラン、コット)、ヴィンテージ違いで行われた種々の試験の結果を示しており、コ・イノキュレーションと天然でのMLFとのMLF完了までの期間の比較では、全ての場合において、コ・イノキュレーションでの期間が有意に短縮しました。
Figure3のグラフでは、陰干しブドウ(pH3.3、アルコール15.5%、総SO2 50mg/L)から造られた2006年アマローネにおけるMLFの期間、および乳酸、リンゴ酸量の推移を見たものです。MLFの期間はコ・イノキュレーションによって有意に減少しました。添加時からのMLFの合計持続時間は、コ・イノキュレーションを行った群で32日、アルコール発酵後の乳酸菌添加群で96日、天然でのMLFを試みた群ではMLFを生じさせることは出来ませんでした。
MLFの期間が短縮することは、微生物汚染の可能性を低減させ、ワインの早期安定化が可能になります。これは商業的にワインをより速くリリースできることを意味しています。
ではコ・イノキュレーションによってワインに官能的な差が生まれるのでしょうか?
面白いデータがいくつか報告されています。通常のMLFを経ることによって製造されたワインとは異なる芳香を有することがわかっています。コ・イノキュレーションでは果実の香りが強く、バランスがとれたしっかりとしたボディとして知覚することができます。
天然でのMLFと比較して研究においては、バター様の風味が減りよりフルーティになることが報告されています。Knollら(2012)によって行われた研究においては、アルコール発酵後にMLFを実施したリースリングでは、酢酸エステル、エチルエステルの濃度が低いことが示されましたが、コ・イノキュレーションによるワインでは酢酸エステル、エチルエステルなど、フルーツ系のエステルの濃度が高まりました。つまり通常のMLFでは乳酸、バター、ナッツ様の香りが中心となることとは対照的に、コ・イノキュレーションではフルーツ中心の香りを示すのです。
Figure5で示されている通り、2010年のフランス ロワールのシャルドネを用いた試験では、「30代から40代の男性に多い汗臭」としてブログで紹介したジアセチルの有意な減少が示され、シャルドネの芳香を改善する可能性が示唆されました。
人体への悪影響が指摘されている物質への良い影響についても報告されています。
Figure6で示している人体に悪影響を及ぼす要素である生体アミンにおける研究では、ステレンボッシュ大学(du Toit et al., 2007, van der Merve et al., 2006)で行われた研究において、通常のMLFと比較して、コ・イノキュレーションでは有意に少ない生体アミン、ヒスタミンおよびチラミン量が報告されました(以前中国ワインの生体アミン量についてブログで紹介しました)。
コ・イノキュレーションはまた、4-エチルフェノール(4EP)、4-エチルグアイアコール(4EG)の生成も抑制することが分かっています。
Figure7のフランスのCabernet Francによる試験結果では、MLBの接種は、ブレタノミセスならびにワイン中の揮発性フェノール(4-エチルフェノール(4EP)、4-エチルグアイアコール(4EG))のレベルを劇的に減少させました。
まとめると、コ・イノキュレーションは、より早く安全なプロセスでMLFを行うことができ、微生物の汚染を抑制するだけでなく、ワインに悪影響を与える香り成分の産生を抑制できるようです。赤ワインだけでなく、白ワインの果実特性を強化することにも利用ができそうです。
フランスおよびスペインでは、50%のMLFがコ・イノキュレーションによってなされているという報告もされています。つまり、コ・イノキュレーションは今後のワイン醸造に大きな影響を与える手法であり、我々ワイン愛好家も名前くらいは覚えておく技術の一つだと考えています。
(参考資料)
Lallemand社「CO-INOCULATION OF SELECTED WINE BACTERIA」
https://lallemandwine.com/wp-content/uploads/2013/07/WE4-Australia.pdf
0コメント