古くて新しい醸造技術 Extended maceration(延長マセレーション)とは?

皆さんはExtended maceration(延長マセレーション:以後EM)という醸造技術をご存知でしょうか?Cold maceration(低温マセレーション:CM)と同様に長時間の浸漬を行う技術でアルコール発酵後に行います。CMアントシアニンなどの色素を増加させワインの色を強くするために行いますが、EMは発酵後もブドウの搾りかすと浸漬を行うことにより、種子由来のタンニンの抽出を行います(図1)。とは言え古典的に行われていた醸造方法のひとつであり、現在その手法と効果の科学的な評価が進んでいます。

おさらいですが、ブドウのフェノール化合物のひとつであるアントシアニンは、果皮の表⽪層に限定して存在しており、ワインの⾊を構成しています。タンニンとしては種⼦、⽪、および茎にあるフラバン-3-オールなどのカテキン類が渋味の触覚に関与しています。⾼分⼦ポリマー(polymeric pigments)は、アントシアニン、タンニンがアセトアルデヒドとの反応によって結合するワイン製造の副産物です(図3)。この高分子ポリマーの形成によってワインの色調の安定やビロードのような⼝当たりにするなどの効果が得られると言われています。アントシアニンは浸漬の初期にピークに達し、タンニン抽出においては、種⼦を取り囲む外側の脂質層を破壊するのに時間が必要で、このプロセスはエタノール濃度の増加によって促進されると言われています(図2)。

ではEMはどのように行われるのでしょうか?⼀般に、⾚ワインは、アルコール発酵が完了すると搾りかすから分離されます。アルコール発酵は、ブドウの破砕後7〜15⽇後に⾏われます。EMはアルコール発酵後も搾りかすとの分離は行わず、ワインと長期間接触させ、タンニン抽出を増加させます。EMの期間に明確な基準はなく、浸漬の期間は地域や品種により3日間から180日間まで幅広いことが知られています。⼀部の生産者は冬期の終わりまで接触させ、約6か月接触させます。

EMによってタンニンは増加させるだけでなく、タンニンの重合をもたらすことによりタンニンの分子サイズを増加させ、一部高分子ポリマーの形成が起きます。タンニンは小さい分子ほど苦味が強く、大きな分子ほど苦味が柔らかくなることが知られているため、味わいに大きな影響すること考えられています。高分子ポリマーによって味わいも滑らかになります。

一方漬け込むことによって、ブドウの搾りかすには抽出されたアントシアニンが再び吸着するがわかっており、結果として色は薄くなります。色合いは品質評価に影響しますので、この点はEMのネガティブな要素になります。

この製法をよく用いている代表的な産地・品種としては、ネッビオーロ(イタリア ピエモンテン州バローロ、バルバレスコなど)があります。一般的には50日間以上の長いマセレーションが行われます。このことによってネッビオーロからは強い渋み、収れん性がもたらされます。同時に漬け込んだブドウの果皮は色素を吸収し、やや淡い色合いになるのです。ネッビオーロの造りは変化しており、70年代以前はブドウの全ての部分から長い浸漬によって多量のタンニンを抽出し、それによってワインは飲み頃になるまで20年から25年の月日が必要でした。現在では果皮の漬け込みのコントロールがなされているモダンなタイプが多いそうです。

次回は延長マセレーション(Extended maceration)の最新の研究を報告を紹介します。

【図1】わかりやすい延長マセレーション(Extended maceration)の図。

Reference: "Wne folly "Winemaker’s Red Wine Secret: Extended Maceration"

https://winefolly.com/review/winemakers-red-wine-secret-extended-maceration/


【図2】諸説ありますが代表的な模式図。Pigmentはアントシアニン、Skin tanninはプロアントシアニジン、Seed tanninはフラバン-3-オールなどのカテキン類、プロシアニジンが有名です。

Reference: "Wne folly "Winemaker’s Red Wine Secret: Extended Maceration"

https://winefolly.com/review/winemakers-red-wine-secret-extended-maceration/


【図3】アセトアルデヒドを介してタンニンとアントシアニンは重合し⾼分⼦ポリマー(polymeric pigments)となります。

Reference: Penn State Extension Wine & Grapes U."Polymeric pigment formation by reaction with acetaldehyde."

https://psuwineandgrapes.wordpress.com/2015/04/24/the-effect-of-acetaldehyde-on-red-wine-color-stability-and-astringency/

ワイン・ブログ 情熱とサイエンスのあいだ

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