東原 和成 先生(東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室 教授)のセミナーに参加してきました。東原先生は嗅覚研究で有名であり、香りに関する多数の書籍を出版されています(新書「ワインの香り: 日本のワインアロマホイール&アロマカードで分かる!」虹有社)。
【以下講演の抜粋】
嗅覚は五感の中で研究がなかなか進まない分野である。その理由として、香りの感じ方は個人によって異なり、また香りの同定は十分になされていない。未だ万人が好む香りを作り出すことは難しい。例えば最近は香りの強い柔軟剤の販売が好調だが、その一方で強い香りを好まない人にとっては迷惑な香り、”香害”と呼ぶ声もある。
嗅覚は人間にとって必要性の低い感覚なのだろうか?そんなことはなく、むしろ嗅覚を完全に損なうと他の感覚を損なうことに比べて最も死亡率が高いことがわかっている。
また、嗅覚の能力は30歳~39歳がピークであるが、60歳~69歳までほぼ変わらず高く保たれることがわかっている。視力の低下に比べると異なる推移を辿る。
現在、香りの物質は数十万以上あると言われている。大変膨大であり、化学構造だけではどのような香りとして人間に知覚されるかわからない点に難しさがある。また人による香りの評価は、経験、文化の影響を強く受けることから個人差があり、また香りは他の感覚から得られる情報に比べ言葉で表現しにくい。
味覚についても考えてみる。味覚の受容体は甘味1、旨味1、苦味25であり、塩味と酸味の受容体がひとつずつ同定されつつある。感度は嗅覚に比べると百倍~百万倍程度劣るとされている。
香りをどう捉えるか?人種差がある事がわかっている。日本人とドイツ人を比較すると香りの認識は大きく異なり、日本人に馴みのある香りはドイツ人に不快と感じさせるようだ。つまり香りの価値は文化によって異なる。これは匂いに対する意味記憶の違いが原因である。
【私見】
ワインにおいてその香りは非常に情報量が多く複雑です。ブラインド・テイスティングを行う場合は、この香りをどのように正確に捉えるか?評価することが重要だと思っていました。今回のセミナーでもありましたが、味覚に比べた嗅覚の受容体の多さからもその重要性が改めてわかりますね。田崎真也さんの「言葉にして伝える技術:祥伝社」に田崎さん自身が脳波測定の実験を受けた際のエピソードについて記されています。脳波測定を行いながらワインの香りを嗅ぎました。通常の人にとって香りは言語以外の情報であるため、イメージの記憶、直感・ひらめきなどを司る右脳が働くはずなのですが、田崎さんは言語、文字などの情報処理を行う左脳が強く働いていたそうです。ソムリエは香りを意味記憶し、言語として捉えていることがこのエピソードからよくわかります。
このブログでも以前ロタンドンを話題にしました。シラーだけでなく、グリューナ・フェルトリナーにもロタンドンが多く含まれていることを書きましたが、実際にグリューナ・フェルトリナーの香りを取ってみると確かにシラーに共通する香りがあることがわかります。私もこのことに気づけてからは以前よりもグリューナ・フェルトリナーの理解が進んだように思います。今後もワインの香り成分について紹介していきますので、香り成分について考えながらワインに向き合って頂けると幸いです。
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