ワインの香りを化合物から整理する④ チオール系化合物~4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(MMP)、 3-メルカプトヘキサノール(3MH)~

前回に引き続き、ブドウに含まれる前駆体から生じる香りについてです。

ソーヴィニヨン・ブランから感じ取れる香りのひとつをアロマ用語で猫尿臭(ピピ・ド・シャ)と呼んでいることをご存知の方は多いでしょう。大変特徴的な香りですが、「尿」という文字から想像するような不快な香ではなく、ややグリーン感のある清涼さを連想させます。これは水素化された硫黄を末端にもつチオール化合物(有機硫黄化合物)の香りであることがわかっています。

チオール化合物はパッションフルーツやグレープフルーツの香りを持つ成分で、4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(MMP)や 3-メルカプトヘキサノール(3MH)、3-スルファニルヘキサン-1-オール(3-SH)、3-スルファニルヘキシルアセテート(3-SHA)、および4-メチル-4-スルファニルペンタン-2-オン(4-MSP)などソービニヨン・ブランのグレープフルーツやツゲの芽などに例えられる特徴香として検出・同定されましたが、その後、多くのワインの香気成分として重要な働きをしていることが明らかになりました。チオール化合物は,ブドウ果汁や果皮にシステインなどとの抱合体として水溶化して安定していますが、酵母中のβ-リアーゼによってSH 基を残して切断されるて放出される前駆体であることが明らかになっています。この前駆体は日本在来の固有種甲州にも含まれていることが明らかになり,柑橘系の香気成分を活かしたシャトー・メルシャンのきいろ香の開発に繋がりました。これらのチオール化合物の閾値は 0.8~60 ng/L と低く、濃度が高くなると汗臭さや本当の猫尿臭(ピピ・ド・シャ)に近づいて感じられるようになります。では4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(MMP)や 3-メルカプトヘキサノール(3MH)について更に深掘りして解説します。

4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(MMP):ソーヴィニヨン・ブランだけでなく、ゲヴェルツトラミネール、リースリング、マスカット、ミュスカデ、シャルドネにも含まれている。ボルドー大学でソーヴィニヨン・ブランから発見され、有機硫黄化合物がワインの品種香に寄与することが実証された初の例であった。この物質は前述の通り、果汁中にシステイン抱合体等の形で存在し、酵母中のβ-リアーゼにより抱合が切り離される。ツゲやシダ、マンゴー、トロピカルフルーツ、カシスの芽の香りと表現される特徴的な香りをもたらす。2005年には小川香料によって煎茶の火入れによって生じることが報告され、良質な煎茶香気の形成にこの物質が関与していることが明らかになった。現在では緑茶の香料としても用いられている。

 3-メルカプトヘキサノール(3MH):ソーヴィニヨン・ブランだけでなく、カベルネ・ソーヴィニヨン、ゲヴェルツトラミネール、リースリング、甲州に含まれている。

ボルドー大学の富永敬俊博士により、白ワイン用のブドウ品種であるソーヴィニヨン・ブランの果汁から、本物質の前駆体であるシステイン抱合体等として発見された。この前駆体は、発酵の過程で酵素によって3-メルカプトヘキサノールとなり、パッションフルーツやグレープフルーツ様と表現される香りを放つ。3MHは銅イオンと結合しやすいため、硫酸銅を含むボルドー液の散布をすると3MHによる香りは損なわれる。

前述の甲州きいろ香用の甲州の栽培には、3MHの量のコントロールが最大限行われ、標高が高く、ブドウの成熟ステージが遅い栽培地ほど開花から前駆体3MHのピークを迎えるまでの時間を要し、一方、標高が低くブドウの成熟ステージが早い地域ほど短期間でそのピークに達したため、栽培地ごとに最大のポイントでの収穫を行い、ボルドー液の散布も制限する。2012年のメルシャンの研究では、ブドウに含まれる前駆体は早朝から深夜にかけて増加し、日中は減少することが確認され、ナイトハーベスト(夜間収穫)の有用性が確認された。

シャトー・メルシャン 甲州きいろ香。レモン、ライム、グレープフルーツなど柑橘系の果皮の香りだけでなく、かぼす、すだちのような和柑橘の香りをテイスティングコメントで表現している(シャトー・メルシャンHPより)。

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