ワインの香りを化合物から整理する③ テルペン類~リナロール、ゲラニオール(マスカット香)~

ブドウに由来するワインの香りには前回までに紹介してきたブドウそのものの香りと、今回から紹介する、ブドウ自体にはない香気成分がワインとなる過程において生じる香りがあります。これはブドウに含まれる前駆体(配糖体や抱合体)が醸造中・熟成中に香りのある遊離型になり生じます。

ではその前駆体から生じるものとして、今回はマスカット香を紹介していきます。

マスカット香は主にマスカット・オブ・アレキサンドリア、ミュスカ、モスカテルなどのマスカット品種、アルバリーニョ、リースリング、ゲヴェルツトラミネール、ピノ・グリ、オーセロワ、ミュラー・トゥルガウ、ヴィオニエなどのブドウ品種に存在しています。マスカット香の主成分となるものはモノテルペンアルコール類(以下テルペン類)としてブドウ中に存在しています。テルペン類は代表的な精油(植物が産出する揮発性の油)であり、芳香性が高いためアロマオイルとして用いられる有機化合物です。マスカット香を持つブドウ品種はアロマティック品種に分類されることが多く、マスカット香は当然ですがブドウの状態でも感じることができます。テルペン類はブドウ中においては糖分と結合して安定しているのですが、マスカット香をもつブドウ品種では糖分と結合しない状態(非結合型)で存在していることが多いことがわかっておりブドウの状態でも強い芳香を感じることができます。ではノンアロマティック品種にはテルペン類は存在しないのでしょうか?存在はしますが、量自体はかなり少ないことがわかっています。ノンアロマティック品種の代表シャルドネでは、マスカット品種と比べて非結合型のテルペン類は100分の1以下であることが報告されています。

テルペン類はワイン醸造中に酵母由来のβグリコシダーゼによって加水分解されて、いくつかの成分を遊離させます。その中で特にこのマスカット香に寄与している成分はリナロール、ゲラニオールが主体と考えられています。以下に両成分について解説します。

リナロール:スズラン、ラベンダー、ベルガモット様の花のような芳香があるとされており、ローズウッド、バジル、タイム、ラベンダー、ネロリ、ベルガモットに多く含まれています。ブドウ品種ではマスカット品種に特に多く含まれます。またヴィオニエにも多く含まれることがオーストラリアから研究報告されました。工業的にはフレーバー、フレグランス両方の香料原料として使用されています。2016年メルシャン株式会社はこのリナロールの生成を高める研究成果を発表、リナロールが多く含まれるシャトー・メルシャン 大森リースリングを開発し販売しています(画像参照)。

ゲラニオール:ゼラニウムから発見された物質でバラの精油にも多く含まれ、まさにゼラニウム、バラの香りがすると言われています。マスカット品種とゲヴェルツトラミネールに特に多く含まれており、ゲヴェルツトラミネールで感じられるバラの香りはゲラニオールによる香りが中心であることがわかっています。工業的にはバラ系調合香料の主体となり、その他のフローラル系調合香料としても使用されています。最近ではビールの原料であるホップからゲラニオールを生成させる研究が進んでおり、キリンビールからは同技術を用いたクラフトビール「DAIKANYAMA Sparkling」が発売されています。(画像参照)。

次回はチオール系化合物による香りを紹介します。

リナロールの芳香を生かしたシャトー・メルシャン 大森リースリング。大森とは京浜東北線の大森駅ではなく秋田県横手市大森地区のことである。

キリンビールの「DAIKANYAMA Sparkling」。DAIKANYAMAは箱根の大観山のことではなく、東京の代官山駅のことである。キリンビールのクラフトビール専門店「スプリングバレーブルワリー東京」で造られているビール。

ワイン・ブログ 情熱とサイエンスのあいだ

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