ワインの香りを化合物から整理する⑥ ~β-ダマセノン、β-イオノン~

今回は前回ご紹介した”ワインの香りを化合物から整理する⑤ ~TDN(ペトロール香)~”と同様に、香りの前駆体物質、ノルイソプレノイド系香気成分であるβ-ダマセノンとβ-イオノンについてご紹介します。両物質共に化学構造にケトン基を持ちバラ様の香りを発することからローズケトンとも呼ばれています。

β-ダマセノンはバラ、コーヒー、ブラックカラント、ラズベリー、メントールの香りが特徴として報告されていますが、濃度によってはリンゴのコンポート(シロップ煮)、マルメロ(セイヨウカリン)、花、トロピカルフルーツの香りとも捉えられます。白ワインよりも赤ワインに多く含まれることがわかっており、カプロン酸エチル香と併存する際にはその香りを増強させ、"メトキシピラジン"香にはマスキング効果があると報告されています。赤ワインにおいては香りへの間接的な寄与が高いのでは?と推測されています。赤白問わず、多くの品種に存在するようです。2006年にはこの成分を特徴とした甲州の開発に成功したシャトーメルシャンが、甲州グリ・ド・グリとして発売をしています。過去のブログ ”嗅覚研究の現状と今後"で紹介した書籍「ワインの香り: 日本のワインアロマホイール&アロマカードで分かる!」のアロマカードにも同成分のカードがありますが、私にはカリン、黄桃の香り、わずかに茶葉を燻したよう香りを感じました。

β-イオノンはスミレの花や木、ラズベリーの香りのする成分として知られており、ミカン科の植物から検出された成分です。25%-50%の人が香りを感じないと報告されています。これは"ロタンドン"でも同様に香りを感じない人が多くいることを過去のブログで紹介しました。フランス各地の赤ワインの成分分析によると、ピノ・ノワールに特異的に多く含まれており、その量は人間の感覚閾値の数倍を示しました。しかしメルロ、カベルネ・ソーヴィニヨンにも同様に含まれていますので、ピノ・ノワールだけに存在する成分ではありません。ピノ・ノワール以外ではツヴァイゲルトやバルベーラに多く含まれていることが報告されています。先ほどのアロマカードでは、やはりスミレの香り、そしてコスモスの花や少し紫蘇のような香りを感じました。

さて、これらの成分は前回の”TDN”でご紹介したとおり、色素成分であるカロテノイドから分解され生成されると考えられています。

2018年イタリア ローマからの研究発表1)によると、完熟したブドウに比べ、完熟7日前に早期収穫したピノ・ノワール、バルベーラではよりワイン中でのβ-ダマセノンが増加していたことが報告されました。しかしβ-イオノンでは収穫時期によってワイン中の濃度への影響はありませんでした。同様の事例としては、 ”ワインの香りを化合物から整理する④ チオール系化合物~4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(MMP)、 3-メルカプトヘキサノール(3MH)~”で紹介した甲州の3MHも、通常の収穫時期より早くピークを迎えることが知られており、早期収穫をすることによって、グレープフルーツ香を有する甲州きいろ香の開発が可能になりました。

ワイン中では温暖化による気候変動は、ブドウの糖を過剰産生させ、結果的に高アルコールを進めることにつながるため、早期収穫を実行する生産者は少なくありません。しかし、ワインの香りにどのように影響するのか不明確なことが多いため、アルコール含量を減少させつつ、バランスのとれた官能特性を有するワインを造るために、最適な収穫時期を定義する今後の研究が期待されています。

1) Key norisoprenoid compounds in wines from early-harvested grapes in view of climate change

Asproudi A., Ferrandino A., Bonello F., Vaudano E., Pollon M., Petrozziello M.

Food Chemistry 2018 268 (143-152)

α-carotene(カロテン)からβ-ionone(イオノン)、β-damascenone(ダマセノン)が生成されます。カロテンと言えば人参など緑黄色野菜に多く含まれますので、全く違った物質への変化は化学の面白さですね。

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