タンニンと唾液、脂質の関係性とは?② 脂質とのカマンベール効果

前回はポリフェノールの種類、タンニンの役割について紹介しました。後半は唾液の役割から見ていきましょう。

唾液の役割

唾液は唾液腺から口腔内に分泌される分泌液であると定義されています。人間は1日あたり1〜2Lの唾液を生成します。唾液は、水(99%)、電解質、タンパク質、脂質、炭水化物、酵素から構成されています。唾液は抗菌作用および口腔内の潤滑作用を示す成分として機能し、歯や口腔粘膜を保護しつつ食物の消化を助け、私たちが食物をより楽しむために活躍しています。唾液中に含まれるアミラーゼという消化酵素はデンプンを分解して麦芽糖に変える働きがあります。ご飯を咀嚼するとわずかに甘味が生じるのはこの酵素の働きによって生じます。

唾液中のタンパク質とタンニン

唾液中にはムチンや高プロリンタンパク質(PRP)といった唾液特有のタンパク質があり、唾液に潤滑性を与え、口腔内細菌やタンニンと結合して中和する作用があることが分かっています。濃厚な赤ワインをテイスティングし、その後吐器に排吐いた際に赤紫の塊を見たことはないでしょうか。これがポリフェノールとタンパク質が結合した複合体なのです。ワイン醸造で行う「コラージュ」(清澄)は過剰なタンニンを卵白からのタンパク質(アルブミン)で沈降させて除去しますよね?これは同じ理屈です。

ワイン中のポリフェノール

ではワイン中のポリフェノールはどのような状態で存在しているのでしょうか?ワイン中のポリフェノールはコロイド(物質が0.1マイクロメートルなどの粒子となって分散している状態)で存在しています。しかしポリフェノールが高濃度の状態であれば、界面活性成分と共にミセル(外側が親水基で囲まれ、内部は親油性となる球状の物質)を形成します。これは臨界ミセル以上の濃度(CMC)以上になると徐々に生じていきます。更に時間依存的に重合して、分子量が大きくなると最終的にワイン中に沈殿します。経年変化で赤ワインが澱として析出するのはこのためです。

タンニンによる収斂性

皆さんがタンニン量の多い赤ワインを飲用したときにどのように感じるでしょうか?口腔内を引き締める、収斂させる感覚を感じたことがあるでしょう。これはタンニンが口腔内で唾液中のムチン、PRPを中心としたタンパク質とミセルを形成し、結果としてこのぬるぬるした層を取り除いてしまうため、口腔内の表面から滑らかさがなくなり、渇いて引き締まったように感じるのです。渋いと表されるときに起きているのはこの状態です。

このタンニンを収斂させる作用はミセル化した状態では結合部位によってより強い収斂が生じることがわかっています。但し結合は一過性で長くとも数分後にはこの結合は解かれます。

収斂性を和らげるには?

ではこの強い収斂性を和らげる方法はあるのでしょうか?カギになるのはアルコール、脂質の二つの要素です。

ワイン中のエタノールによってポリフェノールのミセル化を抑制することがわかっています。約10%程度のエタノールが存在すると水分中と比べてCMC濃度が約50%上昇しミセル形成が起きにくくなります。つまりワイン中などエタノール濃度が高い場合はポリフェノールの溶解性が増し、ミセル化によって生じる収斂性が和らぐのです。

カマンベール効果

脂質は唾液中のタンパク質とタンニンを奪い合うように競合し、脂質はタンニンと水中油型エマルジョン(水中油型乳剤)を形成しタンニンを乳化することがわかっています。この乳化によって口腔内にもたらされる収斂性は弱まります。このことは全脂肪チーズによって若くて強い赤ワインがもたらす収斂を軽減する実験結果から「カマンベール効果」と呼ばれています。

タンニンのひとつであるカテキンとオリーブオイルは乳化しリン脂質(DMPC)と共に水中油型乳剤を形成する。

この作用は別の官能試験でも実証されました。約80人の教育を受けたパネリストのグループが、食用植物性タンニンを服用する前に菜種油、ブドウ種子油、オリーブ油を飲んだ群、飲まなかった群で比較を行いました。結果は、菜種油とブドウ種子油を飲んだ後にタンニンを飲むと渋味が完全に消え、オリーブ油を飲むと渋味がフルーティーな感覚に置き換わったと評価されました。

これらの結果からも、何故人々がチーズや脂肪性の高い牛肉、オリーブオイルと共に赤ワインを合わせるのかわかるのではないでしょうか?過去からワインと相性が良いとされた食物とワインの関係は科学で解明されつつあります。食事とのマリアージュは科学の視点で更に探求されることを期待しています。

Reference: 
Wine tannins, saliva proteins and membrane lipids
Erick J.Dufourc  (University of Bordeaux, Bordeaux Polytechnic Institute)

June 2021 Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Biomembranes 1863(48):183670

New Insights into Wine Taste: Impact of Dietary Lipids on Sensory Perceptions of Grape Tannins

Ahmad Saad et al. (Univ. Bordeaux, CNRS, CBMN UMR 5348, IECB, F-33600 Pessac, France)

Journal of Agricultural and Food Chemistry 2021, 69, 10, 3165-3174 (Chemistry and Biology of Aroma and Taste) Publication Date (Web):March 3, 2021

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