ピノ・ノワールの全房発酵と乾燥茎との発酵の比較②

前回の続きで研究結果について紹介します。

カリフォルニアのエドナバレーAVAのピノ・ノワールの2つのヴィンテージを除梗して通常発酵を行ったコントロール群(C)、全房発酵(WC)を50%、100%行った群(50%/100%WC)、乾燥茎で発酵を行った群(DS)として比較しました。

ワインのタンニン含有量の変化についてC群と比較しました。2016年はコントロール群と比較して68%(50%WC)、100%(100%WC)、90%(DS)、2017年は61%(50%WC)、123%(100%WC)、および137%(DS)とWCの割合と茎の添加率に応じてタンニン含有量は増加しました。

100%WCはpHと揮発酸(VA)が大幅に上昇しました。pHの上昇の原因は茎からのカリウムイオンとカルシウムイオンの抽出が促進され、これらのイオンが酒石酸と結合して酒石酸塩の沈殿が促進されるためです。VAの増加は浸軟(マセレーション)、そしてアルコール発酵中でのブドウ房内のエアポケットでの酢酸菌の増殖が原因であると考えられます。

ガスクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS)では、100%WC群でケイ皮酸エチルとベンズアルデヒドの相対量が高値でした。特にケイ皮酸エチルは、ブルゴーニュのピノノワールワインの主要な香り物質として特定されており、シナモン、プラムやチェリーのような香りを生じさせます。一方DS群ではエステルが高値でした。エステル類はフルーティーでフローラルな香りを生じます。γ-ノナラクトンはココナッツやバターのような香りを付与します。またベンジルアルコールの値が高く、酸化してベンズアルデヒドに変化することによって苦いアーモンドの香りを与える可能性があります。C群ではノルイソプレノイド系の香気成分であるβ-ダマセノンの濃度が各群の中で最も高値でした。ピノ・ノワールではフルーティーでフローラルな香りを生じさせる主要な香り成分です。

審査員による官能分析では、C群と比較して100%WC群は、調理された植物の香り、およびクローブ(スパイシー)の香りが評価されました。また味わいで収斂性の増加が確認されました。一方、DS群は芳香が強く、エステルに関連したフルーティーな香り、赤いベリー、ハーブ、赤い果実、およびドライフルーツの香りを示しました。収斂性など味わいの変化は茎からタンニンの抽出が強められたことが考えられます。

今回の結果からWCとDSは知覚される収斂性を増加させ、ピノ・ノワールの口当たりを複雑にし、軽いボディのワインのテクスチャーを改善するための方法となりうることを示唆しました。また茎の添加はピノ・ノワールに新鮮な印象を与えましたが、その一方で茎の添加によって生じる鮮度向上を説明する明確な化学的な変化(例えば、より高い酸度をもたらすなど)を確認することはできませんでした。

結論として化学的および感覚的な結果では、100%WC群およびDS群は50%WC群およびC群よりも複雑でより多様な芳香性を示しました。実際にピノ・ノワールの生産者は特に暑い気候のヴィンテージで新鮮さや複雑性、芳香性の向上をもたらすためにWCの割合を増やしており、実地での取り組みを裏付ける結果となりました。

(私見)ブルゴーニュの著名な生産者が実践されていることから愛好家の中でよく話題に全房発酵。今回科学的な視点での研究でこの方法の役割、効果がよくわかりました。全房発酵だから良い悪いということではなく、ワインにどのような価値を与えるか生産者が選ぶ方法のひとつとして理解すべきだと私は思いました。

Reference: Whole Cluster and Dried Stem Additions’ Effects on Chemical and Sensory Properties of Pinot noir Wines over Two Vintages
L. Federico Casassa et al, Am J Enol Vitic. January 2021 72: 21-35; published ahead of print August 20, 2020 ; DOI: 10.5344/ajev.2020.20037


2つの連続したヴィンテージの圧搾時と熟成中のフェノール化合物とワインの色の変化。
A/B:アントシアニン, C/D:タンニン , E/F:総フェノール , G/H:⾼分⼦ポリマー(polymeric pigments), I/J:色

フィッシャーの最小有意差検定で有意差(p <0.05)
C:コントロール群; WC:全房発酵 DS:乾燥茎で発酵

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