ワインの香りを化合物から整理する⑪ 揮発酸その②(酢酸エチル)

揮発酸その②です。

高濃度の酢酸エチルはワインの代表的な不快臭のひとつであり、香りの閾値が低いことから前回紹介した酢酸よりもワインに大きな影響を及ぼします。

酢酸エチルは酢酸とエタノールが脱水縮合したものですが、ワイン中では酢酸とエタノールがティシチェンコ反応(アルコキシドの触媒作用により、2分子のアルデヒドが不均化して1分子のエステルを与える反応)によって生成します。

酢酸エチルなどのエステル類はワイン中には300種類以上存在することが知られています。その中で揮発性のエステルとしては、酢酸イソアミルカプリル酸エチルカプロン酸エチルなどが良く知られています。いずれも微量(1mg/L以下)ですが、若いワインのフレッシュさやフルーティーさに大きく寄与しています。日本酒においても1801号きょうかい酵母がカプロン酸エチル生成において有名ですね。酢酸エチルは健全なワインでも50-120 mg/L程度含まれており香りにもたらす影響度が高いエステルのひとつです。低濃度であれば果実臭(中でもパイナップルに似たにおい)と評すことができますが、識別閾値の150 mg/Lを超える量となった場合、鼻につく香り、ボンド、セメダイン、除光液臭、ビネガーなどとなり欠陥となる香りとして認識されます。酢酸に比べると識別閾値は非常に低いため、揮発酸による不快臭として問題になる場合の多くは酢酸エチルによるものなのです。

酢酸エチルは、実際に塗料の希釈剤や接着剤の溶剤、アセトン同様マニキュアの除光液として使われている他、パイナップル・バナナ等天然の果実油の中にも広く含まれる果実臭成分の一つであるため、エッセンスなど香料、食品添加物の成分としても利用されています。貴腐菌(ボトリシス・シネレア)によって貴腐化したブドウは酢酸菌が非常に多く繁殖することを前回記載しましたが、ソーテルヌの貴腐ワインにビニールやセメダインのような香りを感じたことはありませんか?主な原因として酢酸エチルの影響が考えられます。フィルター(濾過)、コラージュ(清澄)を行わず造られる自然派ワインでも酢酸菌が繁殖するケースが多く、香りとして感じることが多いですよね。

さて、では揮発酸を低下させる方法にはどんなものがあるのでしょうか?まずは微生物学的な安定性を高め酢酸菌の活動を抑える、逆浸透膜やナノろ過技術などの濾過技術、酵母による脱酸性化などがあるようですが、有効な手立てはないようです。酢酸菌を活躍させないためには、衛生的な環境での嫌気的な醸造が必要なのですね。

(参考資料):

新ワイン学 :戸塚 昭(編集幹事) (監修), 東條 一元(編集幹事) (監修) 出版社: ガイアブックス

「The impact of acetate metabolism on yeast fermentative performance and wine quality: Reduction of volatile acidity of grape musts and wines」

Vilela-Moura A., Schuller D., Mendes-Faia A., Silva R.D., Chaves S.R., Sousa M.J., Côrte-Real M.

Applied Microbiology and Biotechnology 2011 89:2 (271-280)

Wine FollyでのVA(Volatile acidity) の和訳です↓https://winescience.amebaownd.com/posts/6451319

化合物:酢酸、酢酸エチル
香り:刺激的、酢、シャープ、フルーティーなラズベリーまたはチェリー、マニキュア液
味わい:鋭くスパイシーな口当たり、仕上げの終わりに向かうことが多い。
揮発性酸性度(VA)は数値が高いほど悪いことを意味します。ワイン製造中に酸素への暴露が多すぎるとVAはワイン中に蓄積し、通常は酢酸菌(酢を作る細菌)によって引き起こされます。揮発性の酸性度は高レベル(赤で1.4 g / L、白で1.2 g / L)では欠点とみなされ、マニキュア液のように鋭い臭いがすることがあります。しかしより低いレベルで、それはフルーティーな香りのラズベリー、パッションフルーツ、またはチェリーのような味を加えることができます。Amarone della Valpolicella、Ice Wine、Barolo などの長い発酵(1ヶ月以上)されているワインは一般的に高レベルの揮発性の酸味を蓄積します。

Reference:Wine Folly "Weird Wine Flavors and the Science Behind Them"

https://winefolly.com/tutorial/weird-wine-flavors-and-the-science-behind-them/

マデイラワインの酢酸、酢酸エチル生成についての研究。マルヴァジア、セルシアル共にマセレーション、アルコール発酵後に酢酸量が上昇していることがわかります。

Reference: Acetic acid and ethyl acetate in Madeira wines: Evolution with ageing and assessment of the odour rejection threshold

Andreia Alexandra Machado Miranda, Vanda Pereira,  José Custódio Marques Published 2017 DOI:10.1051/ctv/20173201001

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