ワインの香りを化合物から整理する⑯ 雨土の匂い(ゲオスミン)

ワインのオフフレーバーのひとつであるゲオスミンをお話する前に、皆さんはペトリコール(英: Petrichor)という言葉をご存知でしょうか?米津 玄師の曲名と言えば馴染みが湧くかもしれません。雨が降ると、地面から湧き上がる大地の匂い、ギリシャ語で「石のエッセンス」を意味するそうです。この匂いの原因となる成分が、今回紹介するゲオスミン (geosmin)です(ジオスミン、ジェオスミン)。雨によって土壌中のゲオスミンを含んだ状態で、雨滴から空気中に飛び散ることによって大気中に拡散し、ゲオスミンを含んだエアロゾルが立ち上り、嗅覚がキャッチすることで、独特の雨上がりの匂いを感じさせます。何とも良い香りのように聞こえるかもしれませんが、いわゆるカビ臭のひとつになります。

具体的には土壌中に多く生息するストレプトマイセス属の放線菌、やアオカビ(ペニシリウム属)、灰カビ病菌(ボトリティス・シネレア)などがゲオスミンを産生します。化学構造はいわゆるテルペン系の化合物のひとつであり、芳香系化合物ということになります。

この物質は嗅覚の閾値が非常に低いため、少量生成しただけで嗅覚に大きな影響を及ぼします(水で10 ng / L 、白ワインで60〜65 ng / L、赤ワインで80〜90 ng / L)。水質汚染物質のひとつでもあり、コイやナマズなど水底に住む淡水魚が持つ泥臭いにおいのもととも言われていますので、イメージが浮かびやすいのではないでしょうか?

では何故ワインにこのような成分が産生されるのでしょうか?ひとつはブドウにおいては房が腐敗することによりアオカビなどの細菌によって産生されることが原因です。また近年の気候変動は、ブドウの細菌汚染の増加、高温による高pHおよび糖含有量の増加によって汚染微生物の増殖の原因となっています。またワインと接触する様々な機材、使用する水においても微生物が発生するため、ワイナリー内の衛生状態が原因である可能性があります。

ではこの成分の量を減少させるにはどうすればよいのでしょうか?2014年のイタリアのナポリ大学の研究グループの報告では、ワイン中のゲオスミンの量を減らすための効果的な方法として7つの処理(活性炭、ベントナイト、PVPP、酵母成分、カゼインカリウム、ゼオライト、グレープシードオイル)を比較してみました。するとグレープシードオイルはゲオスミンを赤ワインで83%、白ワインで81%減少させ最も効果的であり、人による官能評価によってもオフフレーバーの減少が確認されました。しかしワインにとって好ましい揮発性の芳香化合物の減少も生じました。またグレープシードオイルは日本でワイン醸造中の使用は認可されていませんので、実際に用いることは出来ません。

さて、話は変わりますがゲオスミンは香水に複雑さを与える成分として広く用いられています。これは麝香と言われる鹿の香嚢(ジャコウ腺)から分泌されるノナラクトンも複雑さを生み出す成分として香水など香料に用いられていることと同様ですね。

私は熟成したボルドーなどのワインから土の匂いを感じることがあります。この匂いの原因の全てがゲオスミンかはわかりませんが、それほど嫌な匂いではないように思っています。ワインは熟成が進むにつれて土に帰っていくのだと教えてくれた人がいます。雨土の森とゲオスミン。米津 玄師を聞きながら、今宵はChateau Haut Bailly 2007と共に深い森の腐葉土を感じたいと思います。

Reference

Identification and quantification of geosmin, an earthy odorant contaminating wines. DARRIET P.  J. Agric. Food Chem. J. Agric. Food Chem. 48, 4835-4838, 2000. 

Earthy off-flavour in wine: evaluation of remedial treatments for geosmin contamination. Food Chem. 2014 Jul 1;154:171-8. doi: 10.1016/j.foodchem.2013.12.100. Epub 2014 Jan 7.

Wikipedia ペトリコール, ゲオスミン

Gigazine 雨が降った時にふと感じる独特の匂いの正体は一体何なのか?

なんとなくイメージに近い画像を載せてみました。

What is Petrichor? That’s Geosmin You Smell Indigo® Instruments.

ワイン・ブログ 情熱とサイエンスのあいだ

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