ワインの香りを化合物から整理する⑮ユーカリ香(シネオール)

今回はユーカリの香り成分であるシネオール(Cineol)について紹介します。ワインからユーカリの香りがするのは何故なのでしょうか?

オーストラリアのアデレードヒルズのハーンドルフ近くのショーアンドスミスのブドウ畑の前にあるユーカリの木。確かにショーアンドスミスのワインからはユーカリの香りがとれる。©Mr. Janis Miglavs

ユーカリ属はオーストラリア、中国、インド、ブラジルを含む世界中の多くの国に拡大しており、南極大陸を除くすべての大陸にはユーカリの木が生息しています。世界中で850種以上のユーカリが栽培されており、さまざまな気候で繁栄することができ、更に建設用木材、パルプ、燃料、精油など幅広い用途があるのです。ブドウ畑の側で自生している産地としては、オーストラリア、チリ、ポルトガルなどがあるようです。

ユーカリの木の精油成分(60〜90%)は、一般に1,8-シネオール(Cineol)です。ユーカリプトール(Eucalyptol)と呼ばれることもあります。さわやかな香りが特徴で、フレッシュやクール、またメントール、 樟脳(しょうのう)と表現されています。殺菌作用や抗炎症作用、鎮痛・鎮静作用があるとされ、医薬品やアロマテラピーなどに用いられており、健康茶としても利用されています。シネオールはローリエ、ヨモギ、バジリコ、ニガヨモギ、ローズマリー、セージなどの葉からも見出されます。

さて、ではワインとどのように関連があるのでしょうか?2012年オーストラリアのAWRIのCaponeらの研究が発表され話題になりました。ユーカリとブドウ樹との距離が赤ワイン(シラーズ)に含まれる芳香化合物シネオールの濃度に強く影響することが明らかになりました。

近接する西オーストラリア州とヴィクトリア州のブドウ畑とユーカリの距離別でのワイン中の1,8-シネオールの濃度(μg/ L)。距離が近いほどシネオールの濃度が高い。

またシネオールの濃度が最も高いのはブドウの葉であり、ブドウの茎、ブドウ果実という順に低くなりました。また、ユーカリの小枝、樹皮、ユーカリの葉が混入したブドウを全房発酵することで、ユーカリを含まず醸造を行ったロゼワインと比べて16倍ものシネオールを与えることが示されました。これらの研究によって、ユーカリとブドウ畑の位置、また醸造方法がシネオール濃度を決定できることが確認されました。


シネオール濃度と醸造工程日数(0日目=破砕/コールドソーク、1日目=酵母添加、6日目=圧搾、8日目=滓引き、12日目= MLF、38日目=滓引き、67日目=瓶詰め前、131日目= ボトリング後)

またオーストラリアだけでなく、フランスのボルドー大学、Poitou等の2017年の報告もあります。こちらの研究ではボルドーのポイヤックの一部のブドウ畑で成長している中国ヨモギ(Artemisia verlotiorum)が、ワイン中にシネオールを増加させることを示しました。一方、メトキシピラジンとシネオールの香りの相乗効果について、嗅覚測定と質量分析(MDGC-O-MS / TOF)を組み合わせた多次元ガスクロマトグラフィーを使用して、緑系全般の香り、青ピーマン、メントールに関連する芳香化合物の特性を調べています。シネオールはメントールの香りを増強し、メトキシピラジンは青ピーマンの香りを増強、両方の成分が加わると緑系全般の香りを更に高めることが示されました。

このようにワイン中に存在せずともブドウ畑に存在する香り成分がブドウに付着し、ワインの香りに影響することがわかり始めています。こういったことを考えてみると、フランス南部のワインについて「Herbes de Provence」という表現は、ブドウ畑の周囲に存在する地中海の芳香植物(ローズマリー、タイム、セイボリー、フェンネルなど)が原因である可能性が考えられますね。まさにテロワール、ブドウ畑そのものから感じられる香りなのですね。

Reference:
Vineyard and fermentation studies to elucidate the origin of 1,8-cineole in Australian red wine
Capone D.L., Jeffery D.W., Sefton M.A.
Journal of Agricultural and Food Chemistry 2012 60:9 (2281-2287)


1,8-Cineole in French Red Wines: Evidence for a Contribution Related to Its Various Origins
Poitou X., Thibon C., Darriet P.

Journal of agricultural and food chemistry 2017 65:2 (383-393)


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