ワインの香りを化合物から整理する⑬ラクトン類その①(オークラクトン)

ラクトン (lactone) は食品に多く含まれる香り成分であることから、名前は聞いたことがある方が多いのではないでしょうか?

ラクトンの多くのものは芳香があり、食品ではアンズ、モモなどの果物やバターなどの乳製品、また、ジャスミンなどの花や動物性香料である麝香(じゃこう)といった芳香成分として天然に存在しています。

化学構造としては環内にエステル基-COO-をもつ複素環式化合物の総称です。具体的には同分子内のヒドロキシル基(-OH)とカルボキシル基(-COOH)が脱水縮合することにより生成したものとなります。

果実に含まれるものとしては、γ-ノナラクトンが代表的でありブドウに多く含まれていますが、今回はワインやウイスキーなど樽を用いて熟成するアルコールに特異的なオークラクトンを紹介したいと思います。オークラクトンはワイン中に含まれるラクトンの中で最も重要な成分と言えるでしょう。

オークラクトン (oak lactone)またはウイスキーラクトン (whisky lactone) とも呼ばれる3-メチルオクタノ-4-ラクトンです。分子式C9H16O2で表されるγ-ラクトンの一種です。樽材にもともと含まれており、ウイスキーなどに特徴的な香りを与えています。樽の内面を焦がすことでさらに増えることもわかっています。オークラクトンにはCis (シス)および trans(トランス)異性体の二種類があり、ココナッツ、バニラ、オーク由来の香り、甘い香りを与えるのはシス異性体です。トランス異性体は香りへの影響が少ないため、シス体に注目すれば良いことがわかっています。樫にはオークラクトンが多く含まれており、ワインが接触することでワイン中に抽出され、樫が乾くことによって抽出される濃度が上昇することがわかっています。

樽材から抽出される成分は様々な香りをワインに与えます。オークラクトン以外で重要な香り成分としては、バニラ系の香りのあるバニリン、クローブ、スパイス香など漢方系ハーブの香りのあるオイゲノール、スモーキーなリグニン由来物質であるグワイアコール類(4-エチルグアイアコールなど)、アーモンド、スモーキー、トースティな香りを与えるフルフラール類(ヒドロキシメチルフルフラールなど)があります。これは今後ご紹介していこうと思っています。

ではこのオークラクトンの量はアメリカンオーク、フレンチオークを比較したときにどちらが多いのでしょうか?2003年にスペインのムルシア大学で行われた研究を紹介します。

アメリカンホワイトオークとフランスのAllier(アリエ)のQuercus petraea(ケルカス属のホワイトオーク)で比較を行いました。使用したワインは、ムルシアのJumilla(フミーリャ)のモナストレルを6か月の樽熟成後に採取し、GC-MSを使用して成分分析を行いました。

左グラフは新樽のアメリカンオークで220L、500L、1000Lの比較、右グラフはフレンチオークで新樽、古樽220Lの比較で、ワイン中の揮発性化合物の濃度を見ています。

アメリカのオーク樽のワインの方がフレンチオーク樽のワインよりもほぼ4倍高い結果となりました。一方、バニリンは、フレンチオークの新樽で高い結果となりました。一般的にアメリカンオークの方がココナッツの香りが強く、フレンチオークはヴァニラの香りが強いと言われているのはこういった結果からも示されています。

以前ブログで報告したシャルドネのMLFに関する研究によると、ステンレスタンク内で行う場合と樽内での実施を比較してみると樽内での実施の方がワイン中へのオークラクトンの抽出量が多かったことが報告されています。また澱と接触しながらの熟成によってもオークラクトンなどの濃度が上昇することも報告されています。

次回は果実全般に多く含まれるラクトン類について紹介します。

ワインの香りを化合物から整理する⑭ラクトン類その②(γ-ノナラクトン、γ-デカラクトン、γ-ドデカラクトン)

Reference:Volatile composition of aged wine in used barrels of French oak and of American oak 

Teresa Garde Cerdán, Sara Rodrı́guez, MozazCarmen, Ancı́n Azpilicueta

Department of Applied Chemistry, Universidad Pública de Navarra, Campus de Arrosadı́a s/n, E-31006 Pamplona, Spain

Food Research International Volume 35, Issue 7, 2002, Pages 603-610

ヨーロッパ産オークとアメリカンオークの違い。ヨーロッパ産の方が木目が細かい。

樽はの木目が詰まったもの(左)と木目の間隔が広いもの(右)があります。 木の成長における木目の差はワインの樽貯蔵に差を与え、左の木目が詰まった方が酸素透過量が多くなります。

Gravity Wine House (https://gravitywinehouse.com/blog/wine-production-barrels-selection-wood-grain/)

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