嗅覚の重要性:レトロネーザル(口腔香気)とは?

皆さんはレトローネーザルと言う言葉を聞いたことはありますか?レトロネーザル(口腔香気)とは口中香・呼気に伴う風味の感覚で、「戻り香」「口中香」「あと香」などとも呼ばれます。人間は一度喉を通った食物の鼻に戻ってくる香り、いわゆるレトロネーザルによって食べ物を味わいとして感じ取ることができ、これは人間にしかない嗅覚能力なのです。一方、通常の一般的な嗅感覚・吸気と伴う感覚をオルソネーザル(鼻腔香気)「たち香」などと呼んでいます。

では何故人間にしかない嗅覚能力なのでしょうか?人間の体の構造は、肺への気道と胃への食道が、喉で交差しているため、食道に入っていく食物の香りが、喉から鼻へ抜けていく空気の通りによって匂いとして感じることが出来るのです。鼻をつまんで食物を食べるとそっけない味に感じることは、この喉の構造が原因です。一方人間以外の動物の多くは四足歩行のため地面に近いところに呼吸器があります。そのため、雑菌を拾わないために鼻腔が浄化フィルターのように進化し、鼻が長く前に出ています。しかし人間は進化の中で二足歩行をするようになり、空気浄化の必要性が薄れたため、鼻が短くなりました。では本当に人間の嗅覚は退化しているのでしょうか?そのようなことはなく、人間も目隠ししてイヌのように這いつくばって匂いを嗅ぎながら、匂いの跡をたどることができるほどの嗅覚能力を持っていることが実験でも示されているそうです。また嗅覚受容体の数も約400種類あり、哺乳類の中で遜色ありません。

さて年齢に伴って嗅覚はどのように変化するのでしょうか?香りを感じる嗅覚受容体は嗅神経細胞にあり、その嗅神経細胞は1か月ほどのスパンでほぼ生涯にわたって新生し続ける神経です。以前のブログ「嗅覚研究の現状と今後」でも紹介した通り、70歳までは嗅覚の衰えが少ないという報告があり、更に年齢と共に様々なものに触れてきた経験によって、学習によって若者より香りの識別能力が高いことがあるそうです。つまり70歳までは経験によってブラインドテイスティングも頑張れそうです!

現在では人間は他の動物にはない嗅覚の使い方が出来ることがわかっています。かすかな匂いを感じるイヌの嗅覚能力は非常に高いですが、人間は一旦食物を体内に入れれば、そこから湧き上がる香りをレトロネーザルで捉え、その材料まで言い当てることが出来るでしょう。これはソムリエや愛好家がワインのわずかな差異からブドウ品種、産地、製法などを言い当てることからも明らかです。人間は食物を口に含むとき、味覚、嗅覚、触覚などの複数の感覚が脳によって統合されていきます。特にワインでは嗅覚が主導的な役割を果たしています。ワインの香りを嗅いで遠い昔の記憶が蘇った経験はないでしょうか?庭のざくろの香り、祖父のハンカチの香り、体育館のマットの香り。その時の体験は我々の記憶の中に留まっており、香りなどの刺激によって呼び覚まされるのです。ただし、この素晴らしい感覚が失われたときに我々は大きすぎる存在に気づくと言われています。嗅覚を欠損したときの5年死亡率はガンや心筋梗塞、糖尿病などの疾患に比べて高いことが報告されており(過去のブログ参照)、その影響の大きさがわかると思います。また人々の感情にも大きな悪影響を与えることが報告されています。嗅覚は今後も大事にしていきたいですよね。

次回はフェノール化合物によってレトロネーザルのアロマに与える影響についての研究がスペインから報告されましたのでご紹介したいと思います。

(参考)

「ワインの香り」東原和成 /虹有社

「鼻先と喉から味わう香り」東原和成 /ワイナート

「第2回 アロマのプロから学ぶ香りのサイエンス」市邊 昌史/ ファーネットマガジン

「ワインの味の科学」ジェイミー・グッド /エクスナレッジ

レトロネーザル(Retronasal olfaction)とオルソネーザル(Orthonasal olfaction)の違い。嗅覚受容体(Receptor fibers)への芳香、方向が同じでも違って感じさせることがある。

Reference: TODD STINCIC PHD(http://www.stinciclab.com/)

ワイン・ブログ 情熱とサイエンスのあいだ

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