気候変動からワイン産地を守るためには?

2020年1月27日にPNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences:米国科学アカデミー紀要)に掲載された論文を紹介します。この論文はYahooニュースにも掲載され、大変注目された研究です。しかしその論文の本質が記事に載っていないことから、今回掘り下げた内容で紹介します。世界のワイン用ブドウ栽培の将来は如何に?

農作物に対する気候変動による悪影響は、過去から繰り返し人類に試練を与えているが、農業生物を多様化させることによりその影響を緩和させてきた。そして今後猛烈な温暖化の試練が待ち受けていることが予測されている(図1)。

(図1)世界の平均気温の将来シュミレーション。1979年以降の温度が上昇し続けていることがわかる。+4℃も現実的な予測であることがわかる。
青色は±0℃の基準期間(1970~1979年)
黄色は⁺2℃(2039~2048年)

ピンク色は⁺4℃(2076~2085年)

本研究の目的は、ワイン用ブドウの将来予測である。ワイン用ブドウの特徴として、世界中の多様な気候の中に存在すること、古くからの栽培の記録が残っていること、気候変動による大きな影響が考えられることがある。今回の研究では品種としての多様性が高く、多くの品種の中でも中心的な特徴をもつ11品種を用いて、温暖化に対して「栽培者が気候に適した栽培品種に変換するシナリオ」、「栽培品種を変換しないシナリオ」で比較を行った。

ブドウ品種の多様性については十分に実証されており、地球規模の品種ごとの栽培地域データ、最新の気候モデル(地球システムモデル[CESM])、気温と降水量の予測と組み合わせて、地球規模で植え付けが行われている11種類の品種(Cabernet-Sauvignon, Chasselas, Chardonnay, Grenache, Merlot, Monastrell [synonym Mourv'edre], Pinot noir, Riesling, Sauvignon blanc, Syrah, Ugni blanc)の気候適合性データを用いて予測を行っている。これら11品種は、世界的に植えられたブドウ栽培面積の35%を占め、多くの重要なワイン産出国(オーストラリア、チリ、フランス、ニュージーランド、スイス、および米国)においては64~87%に達している。

ブドウ品種の多様性を評価する指標の一つに、品種ごとの発芽、開花、ヴェレゾンといった日数の推移がある。同じ気候で栽培されたとしても6~10週間の季節変動があることがわかっている(図2)。

(図2)このヒストグラムで示された130品種(明るい色)および本試験で分析された11品種(濃い色)を、3つのモデル化された季節学的な段階(発芽(緑色)、開花(黄色)、ヴェレゾン(赤色))の時間的分布を示している。早熟品種と晩熟品種との間の大きな違いを早熟のシャスラ、晩熟のモナストレルを例に示している。このようなブドウ品種ごとの成長の差を利用して、品種の変換を可能とする。
※DOY:通日日付(Day of year)

気候変動が品種の分布に及ぼす影響を予測したシュミレーションの結果は以下の通りに示された(図3)。

(図3)気候変動が品種(品種)分布に及ぼす影響を予測。
2変量カラースケールにおいて、4℃の加温下でもブドウ品種を増加させることができる地域(白色から緑色)および損失させる地域(白色から紫色)を示している。
増加が可能な地域はヨーロッパ北部(ドイツ、北欧、イギリスなど)、中国内陸部、チリ、アメリカ北太平洋側、北大西洋側、ニュージーランド(南島)、オーストラリア(タスマニア)となっている。

グルナッシュ、モナストレルなど晩熟の品種の多くは、現在の産地に踏みとどまることが出来、更に非常に重要な役割があることがわかった。また、ピノ・ノワールとシャスラは現在の産地よりも更に北に栽培地域をシフトすることで栽培面積の増加が見込める。

シャスラ、リースリングは4度の温度上昇によってヴェレゾンが15日以上早くなった。ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨンにおいても24日、28日早くなった。一方モナストレル、グルナッシュは現在よりも10日間時間を要すと予測された。

2℃の温暖化シナリオでは、現在のワイン生産地域の損失は56%減少し、4℃のシナリオでは85%減少となった。一方栽培品種を多様化させるシナリオでは、2℃で24%減少、4℃では56%減少、つまり面積損失は3分の1程度減少させることが予測された。栽培品種の変換を行うことによっては損失の50%を減少させることができることが予測されたが、ワイン産業としての利益も減少する。地球の気温を現在の状態を維持させる全世界的な努力を行わなければ、現在のワイン生産地域の多くは将来にわたって利益を生み出すワイン生産が行える保証はない。

栽培品種の見直しが必要な国では、栽培者は品種を積極的に変更させることを選択しなければならず、これは栽培者が品種を容易に選択できない現状を変えために、法的な枠組みを整えること、およびワイン産業としての歴史的、文化的な障害を克服することが必要である。


(私見)温暖化の影響を強く受ける生産者は、いち早く栽培品種の見直しを行うことが推奨されています。そのためにはいち早く法律・規制を見直し、行政のサポートを行う必要があります。我々愛好家も大きな決断が必要なブドウ栽培家を理解しサポートすること、更なる温暖化を食い止めるよう温暖化対策に協力する必要があります。

(Reference)
Diversity buffers winegrowing regions from climate change losses.
I. Morales-Castilla, I. Garcia de Cortazar-Atauri, B. I. Cook, T. Lacombe, A. Parker, C. van Leeuwen, K. A. Nicholas, and E. M. Wolkovich, 
Proceedings of the National Academy of Sciences 27 January 2020
DOI: https://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1906731117

(関連ブログ)

2018年12月、EUから支援されるiSQAPERプロジェクトによる気候変動後のワイン生産地域の未来予測についての研究報告を以下のページで紹介しています。

2099年 ワイン生産地の未来予想図 その①

2099年 ワイン生産地の未来予想図 その②

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